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嵐の予感 3

Author: 花室 芽苳
last update Last Updated: 2025-07-05 19:21:12

 御堂さんの視線は仕事中、何度も私へと向けられる。 他の誰にもそんな鋭い視線は向けて無いのに、どうして私だけ?

 それでも私が仕事の事で指示を仰ぐ時の彼はいたって普通の態度で接してきた。 おかしいのは遠くから私を見つめる時の視線なのだけど。

 変に疲れた気がしながらも、無事一日の仕事を終える。

 帰る前に甘い飲み物でも飲もうと、自販機の置いてある休憩室へと向かうことにした。 このビルの休憩室は二階にあるのだが、エレベーターを待つ時間はもったいないのでいつも階段を使ってる。

 休憩室のドアを開けると、そこには御堂さんが立っていた。 ドアを開けた途端私に向けられる鋭い眼差し。

「お疲れ様です、御堂さん」

「……」

 目の前に立っている上司を無視するわけにもいかず、挨拶をするけれど御堂さんからの返事はない。

 私はポケットから小銭入れを取り出し、お金を入れようとすると、御堂さんにいきなり手首を掴まれてしまう。

 驚いて彼を見上げると、彼は真剣な表情で私を見ている。 じっと私を見つめた後、彼はゆっくりと口を開いた。

「…… 俺の事を覚えているか? 紗綾」

「え……? すみませんが手を離して頂けませんか、御堂さん?」

 手首をいきなり掴んできた御堂さんの手を離そうとするけれど、力が強くてビクともしない。

 …… どうして御堂さんは私の事を【紗綾】と呼ぶの?

 首から下げた社員証にフルネームが書いてあるとはいえ、今日会ったばかりの相手を普通は呼び捨てになどしないはず。

 掴んだままの手は離してもらえず、混乱したまま私はジッと御堂さんを見つめることしか出来ない。

「…… もう一度聞く。 お前は俺の事を覚えているか?」

 仕事の時とは別人のような話し方。 この人は本当にあの優しそうだった御堂さん?

 でも私を見つめる鋭い視線は同じもの、もしかしてこれが本当の彼だったりするのだろうか?

 彼の問いには答えられない、だって私は御堂さんとは今日初めて会ったはずなのだから。

 すると、自然に無言が彼の質問への答えとなる。

「そうか。お前は俺の事を覚えていないんだな、さあや」

 懐かしいその呼び方に、奥に仕舞っておいた記憶の蓋がゆっくりと開く。 私の事を【さあや】と呼ぶのは…… あの男の子だけ。

 いつも喧嘩するのに、決まって次の日には仲よく遊んでいた。 そんな私の幼馴染。

「もしかして、かんちゃん?」

 当時の呼び方でしか少年の名前を覚えておらず、その名をそのまま口にした。

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